2016年04月29日のエントリー

滋賀県での交通事故調査、月末出張5

2016年04月29日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

今日は京都経由で、滋賀琵琶湖での現場に足を運んだ。
やっぱり図面で分からないことが現場ではよく理解してできる。
当社には結構多くの交通事故相談が寄せられ、その都度よく話しを聞いて、場合によっては書類の送付を受ける。
しかしこうして実際に事件事故が発生した現場に来てみないと適切に相談内容にお答えできないことを実感させられる。
もちろん現場に足を踏み入れてそこから何を見出せるかは調査、鑑定する人の感性で、視点である。
「捜査結果の鵜呑み」は間違いで「全てをゼロの視点」これも間違いである。
我々が行う調査活動の殆どは、一旦捜査が集結した後の出来事であり、発生時間に最も接近した時間に採取された資料はゼロにすることができない。
捜査員が作成したその資料の整合性を検討するには、捜査員の視点を欠かすことができない。
そうしなけれぼ調査した者の主観的イメージだけで資料の取捨選択、判断が行われる。
これから交通事故調査、鑑定の必要性を感じている方がこのコラムをお読みであれば、鑑定人の鑑定調査経験年数とは、依頼を受けて鑑定作業をした経験ではなく、発生直後の生の混沌とした事故現場を処理した経験年数を目安にするのも一つのバロメーターである。

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大阪での交通事故調査、月末出張4

2016年04月29日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

4月28日、GWが始まる金曜日、仙台から新幹線で約6時間、新たな事件相談、打合せのため大阪に入る。
新たな事故調査に取りかかると、いつも思うのは刑事事件でも民事事件でも、それぞれが持っている証拠を公開しない悪意である。
民事事件であれば霜害負担の割合を決める裁判だから、自分たちに都合の悪い証拠を出さないということは腑に落ちないが、やむを得ないと思う。
しかし刑事事件は、被告人の刑事処分にかかわる問題で事案の真相を明らかにするべき立場にある警察、検察が捜査上不利になる恐れがあるからといって証拠を取捨選択するのはよくないと感じる。
裁判で有罪判決を得る目的だけに証拠を利用しており、そこには事案の真相を明らかにする目的が全くない。
証拠を指摘され、その指摘が捜査側に不利に働く恐れの不安があるなら、それはまだ捜査が不十分であるからでおる。
捜査結果が単に「訴訟法上の制度」に守られていることを利用し、不備の指摘を排除しようとするところに多くの問題があると思う。
被害者も加害者も十分に出し尽くされ検討し尽くされた証拠によって明らかにされた事案の真相にらより処罰を受け、また救済される社会に近づくように当社は努力したい。

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横浜での交通事故調査、月末出張3

2016年04月26日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

朝に仙台を出発し横浜に来ております。
日帰り予定なのでホテルはとっていません。だから移動、打合せ、調査など全てが予定通りに進まないと不安になってきます。
だからと言って調査に関することは手抜きができません。
それはそうと、明後日は大阪予定になっているのですが、あからさまに当社が調査に乗り出すことを嫌がり、裁量権という名の下で妨害する組織があります。
裁判という闘いの場では少しでも自己に不利な証拠を相手方に発見されたくないのです。
私はこの法廷闘争の在り方について反対しております。
多くの視点から証拠物を観察し意見を求める方がより真実に近づけると感じているからです。
それを断るのは主張に自信がないからだとあもいます

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交通事故捜査と起訴、不起訴

2016年04月26日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

4月2日河北新報朝刊記事を受けて。
警察捜査によって被疑者とされ検察官に送致された者にとっては検察官が行う起訴、不起訴決定は大きな違いである。
同様に実は被害者にとっても、被害に対する報復感情の実現機会に直接影響を与える大きな問題でもある。
起訴の場合、その理由を裁判の場で検察官は明らかにするが、不起訴の理由は必ずしも明確にしない。
不起訴理由を明らかにしないことでどれだけ多くの被害者・遺族がその後もずっと事件に苦しめられていることか、きっと理解されていないと感じる。
勿論、警察捜査によって犯罪の嫌疑をかけられた者(被疑者)全てを起訴しろというものではない。
そこには法と証拠に基づいたルールがある。
だが、その証拠の収集過程(捜査)に不備や誤りがあったまま起訴、不起訴が決定されたのでは加害者、被害者、遺族など事件関係者全員にとって不幸である。
書面化された事件記録を読み返しただけで、「十分な説明をした」と関係者を納得させようとせず、書面化されていないところに大切な部分の見落としはないのかを検討する作業に力を注いで欲しいと願う。
そのために当社は微力であるが被害者、加害者、検察官、弁護士など事件に携わる方々全てに精一杯力を出し切りたいと考えている。

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西東京での事故調査、月末出張2

2016年04月24日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

午後から午前0時過ぎまで、西東京近辺で2件の現地調査と実車実験。
このコラムでも度々書いているが、捜査機関が作成する実況見分調書はその読み方がとても難しい。
特に現場見取図は難しく、慣れた人物でもその意味を理解するには時間がかかる。
加えてバイクが関係する事故ともなれば、バイクの特性を知らない者には事件事故の全体像を読み取ることはできないと断言する。
このコラムの読者の方で、バイクが関わる事故の関係者がいるのであれぼ、まずそれを理解して欲しい。
当社佐々木は白バイ乗務歴があり、よく訓練をし、教養を受ける学校にも入校してバイクの特性を熟知しているが、それでもバイクが関わる事故は難しく感じている。
それでもその難しさを法曹三者にわかりやすく、知ってもらうために想定される実車実験を行う。
そして実験によってわかったことが鮮明になると実況見分調書図面で事故を判断している法曹三者に危機感を覚える。

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長野県での交通事故調査、月末出張1

2016年04月24日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

ある日突然、大切な人の命が奪われる。
なんの落ち度もない横断歩行者が、全く交通ルールを無視した運転手の車に跳ねられて命を奪われて苦しめられるご遺族の気持ちを分かって欲しい。
亡くなられた犠牲者の無念を分かって欲しい。
その思いになんとか応えたい。
当社に出来ることは、できる限りの力でどんな交通事故だったのかを正確に伝えることである。
誰に伝えるのか?
それは検察官であり、弁護士であり、裁判官にである。
飲酒事実が立件できない制度、救護義務が立件出来ない制度。
長野県の事故は3件目だが、どれも立件されていない。
今月末まで飛び石で現場が続くが、本当に刑事不起訴案件が多いと実感する。

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当社関連交通死亡事故裁判、検察官控訴断念・無罪判決確定

2016年04月08日 · コメントは受け付けていません。 · 未分類

2013年10月、宮城県多賀城市の市道で同時小学1年生の男児が乗用車に跳ねられ死亡する交通事故が発生した。
事故は本当に痛ましく、被害児童の無念やご遺族のお気持ちを思うと胸が張り裂けそうである。
当社は被害児童のご冥福を心から祈っている。
当社の基本的立場は被害者、加害者のそれぞれに偏らず、常に公平を貫くことである。
「真実に基づいた加害者の処罰と真実に基づいた被害者の救済」が行われるように努力している。
この交通事故について、当社は乗用車を運転していた加害者に交通事故の刑事的責任を負わせるべき「過失」はないという鑑定結果を提出し、一方運転手には刑事的責任があるという証拠を提出していた検察官に真っ向から反証した。
この乗用車の運転手に対する刑事裁判(自動車運転致死処罰法)の判決が2016年3月23日に仙台地方裁判所第1刑事部で行われ、裁判所は当社の鑑定書を採用し(一部否定された部分もある)、運転手に対して無罪判決を出した。
(詳細は3月24日のコラム参照)
ご存じのとおり日本の裁判は三審制であり、下級審の判決に不服があれば上級裁判所に控訴することができる。
控訴期限は一審判決の翌日を一日目として2週間である。
3月23日に無罪判決があった今回の仙台地裁判決に対し検察官が不服であれば4月6日までに控訴しなければならない。
しかし4月6日、仙台地検は控訴を断念し被告人と呼ばれてきた乗用車運転手の無罪が確定した。
(新聞は4月7日、河北新報朝刊)
当社鑑定書が「有罪確定率99.9%の壁」を破った。
新聞報道を読む限り、次席検察官の控訴断念理由は「仙台地裁判決を覆す新たな立証を行うのは難しい」という判断である。
もちろん事件担当弁護人(仙台弁護士会及川貴史弁護士・草場裕之弁護士)の力も大きく、事実上は当社鑑定書を覆す新たな立証手段をとれなかったということである。
当社鑑定書は単純であるが緻密である。
だから判決も緻密になり控訴する余地がなかったという感想である。
被告人と呼ばれ犯罪者となって人生を左右する加害者と、人生を奪われた被害者の無念という
とてつもなく重要な裁判において、当社鑑定書が採用された意義は大きく、公的信用性も増してきていると言える。
「主文、被告人は無罪」
この判決に心から喜べる事件関係者は、今回の交通事故裁判ではいない。
男児のご冥福を祈りに、本日も現場に手を合わせに行く予定である。

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