停止距離と交通事故鑑定

2012年07月26日 · 未分類

私は交通事故や交通違反の調査依頼があり、実況見分調書は捜査報告書の書面を精査して実査に現場へも足を運びます。そこで細心の注意を払っているのが自動車が最終的に停止した場所と、衝突直前及び衝突してかあ最終停止地点で停止するまでの間に残されている痕跡です。
さて、停止距離ですが免許を持っている方ならみなさんほとんどの方が
停止距離 = 空走距離 + 制動距離(滑走距離)
という公式を見たことがあると思います。「空走距離」というのはなかなか自覚することができない距離で、いろいろな交通事故調査の現場で話を聞いていると、この空走距離をお忘れになっていることが多々あります。空走距離というのは、簡単に言ってしまえば、危険を感じて(あっ、危ない)、アクセルからブレーキに踏みかえ、ブレーキを踏み込んでタイヤがロックするまでに走る距離のことです。アッ、と思ってからブレーキが利き始めるまでの距離で、その間の時間を空走時間と言っております。当然、アッ、と思ってからも進行する距離ですから、危険を感じる時間は同じでも、その時の速度によって進行する距離が違ってきます。空走時間は年齢、男女、体調などによって若干異なりますが、概ね0.5秒から1秒でしょう。通常は0.75秒という数値を用いて計算しています。
例えば40キロメートル毎時で走行していると、空走距離は8.9メートルです。60キロメートル毎時で走行していると、空走距離は13.3メートルも車は運転手の意思に反して勝手に進んでしまうのです。生身の人間の能力では腕を上げる、一歩踏み出すといった1秒以下の時間でできることなど事件の本質にほとんど影響を及ぼさない程度の出来事なのですが、車に乗って運転していると1秒以下の時間でもその距離は大きく変動し交通事故鑑定、解析に重大な影響を及ぼすことになるのです。交通事故鑑定、解析という業務に慣れていないと、路面のスリップ痕の始まり部分を見て「ここでブレーキをかけた証拠ですい」と断定することがありますが、それは誤りであることがお気づきになると思います。例えば60キロメートル毎時で走行していたなら、正解はスリップ痕の始まり部分よりも約13メートル手前で危険を感じて咄嗟に急ブレーキを踏んだということになります。その結果が路面にスリップ痕として残ったのです。空走距離・空走時間というものは人間の生理的限界がありますので、日々の練習によって極端に早くできるものではありません。また、路面の状態やブレーキの性能などに関係なく、咄嗟の急ブレーキ(一般にはパニックブレーキと言われてます)の場合には必ず要する距離ということです。車が停止するにはさらに、制動距離が加わりますので車は急には止まれないのです。しかしこれは車の欠点ではありません。100メートルの世界記録保持者でもその速度は35~36キロメートル毎時しか出せませんので、40キロメートル毎時を超える速度というのは人間能力の限界を超えてる速度域にあるのです。能力の限界を超えて移動しているのですからちょっとした油断が大事故につながってしまいます。
人間の能力の限界を超えたところでわれわれは認知、判断、操作を繰り返し車を運転しているということを常に忘れずにハンドルを握ることが事故を防止するためにはとても大切なことということがわかります。
停止距離と交通事故鑑定・解析は密接に結びついていると考えています。

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