12月14日日曜日に名古屋出張で会議に出席した。
その会議には愛知県警交通総務課補佐が約20分講演をした。私はじっくり聞き入っていた。愛知県警の交通事故抑止活動のキーマンとなる警察官の講演である。
実はその最中にも交通死亡事故が発生していた。
写真は名古屋市在住のフェースブック仲間が当日のテレビニュースを撮影したものである。
なんと愛知県では4日間で10人の死亡事故が発生している。
そこで、愛知県警交通総務課補佐の交通事故抑止活動に関する講演内容を改めて思い返してみた。
やはり運転手本人に対する注意喚起に終始していた。
要約すれば警察のみに認められている取り締まりを強化していくということである。
12月13日、宮城県内の地方紙河北新報朝刊では
宮城県でも12月に入って5件6人の死亡事故が発生し危機感を訴えていた。
その方策は取り締まりの強化である。
県警交通企画課交通安全企画官のコメントも掲載されている。交通安全企画官は12月8日の交通事故コラムでも登場した方である。
「寒さも本格化し路面凍結など事故要因はさらに増える。これまで以上に危機感をもって取り締まりに当たりたい」と述べている。
取り締まりの必要性を否定するつもりなど全くない。
しかし、顕在化している死亡事故多発の抑止策として取り締まり強化を第一に掲げても
絶対に死亡事故は減少しない。
「取締り件数と事故発生件数は比例するデータがある」と県警はコメントする。
しかし、取り締まりを緩和したから交通死亡事故が増加したわけでもない。
取り締まりという警察機能を怠ったから死亡事故が増加してわけでもない。
取締りが必要であると同時に、交通教育は取り締まり以上に必要である。
その教育機関があまりに少な過ぎ、また適切な講師もいないのである。
長い歴史の中で失われた尊い命、傷ついた身体の意味を深く理解している教育機関が少な過ぎる問題を取り上げるべきである。
なぜ警察官にその教育ができないのか?
その答えは愛知県警交通総務課補佐が講演の中で述べた次の一文に表れている。
「私は警察官になってから10年白バイに乗車し、その後もずっと交通警察官として勤務し交通事故防止に取り組んできた。その間、被害者と言われる方とはほとんど接触しなかった。多くの被疑者と向き合ってきた。」
まさしく私が日本交通事故調査機構を作ったきっかけを表した一文であった。
警察官とは被疑者の取締り、指導、教育に適しているが、
今平穏に、平和に暮らしている人に対する防犯、教育は不向きな組織なのだ。
警察官とは今平穏、平和な暮らしが犯罪事件事故に巻き込まれて崩れていく真の悲惨さを知らないのである。
これは警察組織の欠陥ではない。
社会の構造的欠陥なのかもしれない。
交通安全教育、犯罪被害者支援という分野は取締り分野から切り離して組織すべきだと思う。