多くの交通事故裁判では、刑事裁判であれ民事裁判であれ、ほとんどの場合警察官が作成した「実況見分調書」から始まる。
検察官も弁護士も裁判官も、まずは事故直後に現場に臨場した警察官が作成した実況見分調書は正しく真正に作成されたものという前提から始まる。
検察官に対して捜査官(警察官)が作成した実況見分調書はおかしい、間違いがある、被害者としてそのような事故は経験していない被疑者・被告人として実況見分調書には納得できないなどと主張すると
検察官としては、絶対に実況見分調書は正しいという主張を徹底して貫こうとする。
民事裁判では実況見分調書が自己に有利であれば、実況見分調書は正しい、実況見分調書が誤りであれば誤りを主張する側が交通事故の全容を証明すべきだなどの論争になる。
写真は河北新聞朝刊を抜粋したものだ。
実際に、実況見分調書の事故現場が被害者の主張と食い違う、警察官が被害者を実況見分調書に立ち会わせなかった点にも問題点を指摘している。
私も現職中から、通常は被害者を実況見分に立ち会わせる必要性がある事故処理はない。
しかし、被疑者、被害者の言い分が食い違うような場合にはやはり被害者を立ち会わせるなど慎重な捜査が望まれる。
さらに本年2月11日、河北新報朝刊では、交通事故捜査係の警察官が交通事故調書を改ざんした「虚偽有印公文書作成・同行使」で巡査が書類送検された記事を報道している。
警察官は事故処理が複雑になるのを避ける目的で司法書類を改ざんしている実態がある。
これらは宮城県警という限られた警察署特有のものではない。
過去にも、警察官が事件処理を省略させることを目的に虚偽の公文書を作成した事例がたくさんある。
交通事故鑑定・調査の基本は実況見分調書に限らず、司法書類に疑いの目を向けなくてはいけないと、最近は特に感じている。
それは法曹三者間であっても真実・真相究明のために絶対正しいという概念は払しょくすることから始まるべきだと思う。
交通事故証書改ざんの報道に対して、マスコミ3社から取材・意見を求められての感想である。
警察官が公文書虚偽作成をしたくなる理由を究明したくなることはよくわかる。
しかし、私がこれまで全国の交通事故被害者、ご遺族、加害者(被告)と接してきて
本当に多くの交通事故関係者が「実況見分調書は絶対におかしい」と訴えているのに、ほとんど訴えの根拠となる合理的証拠は証拠採用されないまま事件が終結し
涙を流している実態がある。
警察官の公文書虚偽作成事件が発生する度に、私に必死に訴え続けている交通事故当事者の怒りの理由がよく理解できる。
私は交通事故鑑定・調査の基本として、真正に作成された司法書類が、真実に基づいているかを疑問視するところから始めようと考えている。
司法書類を読み取れる私だからこそできることだとも考えている。